3匹のすずめ(ブログ)

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変ちくりんな夢を見た。僕は誰かと戦っていて(僕は本来弱虫です。)相手がまるで不死身で、

そうカリガリ博士が操った眠り男のようで、岩山で戦い、谷川で戦い、洞窟で戦うのです。

そして段々と僕が追い詰めていくのですが(都合のいい展開です。)彼は最後に包丁を持

って迫って来たところを、僕が大きな袋を頭からかぶせるのです、すると彼は袋ごと小さく、

小さくちじんで、川に飛び込んだのです、そして魚になって泳ぎだしたのです。

ああ僕は怖くて仕方ない(僕は本来臆病者です。)包丁を身体の中でかまえた魚が、川に、

海にいて、泳ぐ僕にいつ襲い掛かってくるのか。ねえ変ちくりんな夢でしょう、おお怖い。

by ひいチュン

 

サンソン・フランソワの弾くラヴェルもドビュッシーも好きだが、ショパンの

夜想曲集が素敵だ。この粋さが魅力だ、夜の黒の世界に光の瞬きを現す。

 パリジャンのフランソワは今夜もキャバレーで飲んだくれ、戯れにピアノを弾く。

彼は酔っぱらって録音スタジオで寝てしまう、おかげで得意のドビュッシー

ピアノ曲を全曲録音することが出来なかった、まあそれもいいよね。

by ひいチュン

バッハの無伴奏チェロ組曲が好きです。いろいろな人の演奏を聞きますが、艶っぽくて品の

あるフルニエ1961年盤を普段は聞きますが、カザルスはやはり芯があって好いです、

シュタルケルやビルスマもたまに聞きます、最近の演奏ではクニャーゼフの1996年盤を聞き

ますが良いものです。

しかし,J.Sバッハは何という素晴らしい曲を書くのでしょう、聞き飽きるということがありません。

朝に聞こうと、昼に聞こうと、素敵なのですが、僕は夜、部屋を暗くしてじとっと聞くのが

好きで、頭の中に音が沁みこんでくるのです。そういう状態のとき家人から、

「電気がつかなくなっちゃったから、直してよ」などと突然に部屋に入ってきて言われ

ますと、ムッとしますが、ハイと良い返事をします。グフフフ。

by ひいチュン

「さあネコニャン休は終わりニャー。帰るわニャン」、「母ちゃん、もっと遊ぼうよ」

by ひいチュン

今日はこどもの日ですが、2日前に遊びに来た息子とその息子とで

江戸川河川敷にて野球の真似事をしました。ドッチボールもしました。

本日は筋肉痛です。

しかし遊びに入れてやろうという、やさしい、やさしい、気持ちに乗りました。

気持ちよく晴れた青空のしたで、広々とした河川敷には、やさしい風が吹いていました。

by ひいチュン

本物ロックンローラー・忌野清志郎の命日だ、もう十年にもなる、信じらんない。

今も聞いているよ、「君のやさしさは、言葉では、言葉では、軽い」かっこよかった。

「歩道橋を渡るとき、空に踊るエンジェル」、清志郎の歌には、やさしさと強さがあった。

同時代を生きた僕は、ただ過ぎていく時の中で、、、そう今夜は清志郎を聞こう。

by ひいチュン

今朝に目が覚めた時に、ふいに思ってしまった。

高倉健主演の「駅・ステーション」の冒頭シーンを、いしだあゆみ が健さん

に別れの敬礼をするあの列車での情景を、思ってしまった。

あの映画は名作だった。

僕はぼんやり起きだして、珈琲を飲んで、それから歯医者に行った。

by ひいチュン

 

気持ちの良い日には、珈琲を入れて、買ってきたばかりの焼き立て

フランスパンを厚めにきって、かるくあぶって、バターをたっぷりと

塗って、美味しいんだなあ、珈琲に合うんだな、これが。

珈琲カップはちよっとオシャレして、そうだ明るい音楽をかけよう。

 あーあ、歯が痛くて今こういう生活ができないのだよ。

もうあの輝かしい挫折と恥おおき日々は戻らないのか。

by ひいチュン

家にステレオ装置が来たのは僕が中学生の時です、兄が買いました。日立製でした。

その頃の家にはテレビはありませんでした。

もっぱら聞いていたのは、ジャズで、ベニーグットマン、アーティショー、あとはラテンと

シャンソンでした。これは兄がクラリネットをよく練習していた事もあってですが、僕も好き

でした、それとトスカニーニのベートーヴェンの第5番運命があって、一時期はこの第2楽章

を朝聞いてから学校に行くという毎日がありました、なぜなんでしょうか。

テレビが家に来たのは、東京オリンピックの時で、確か小岩の第一家庭電器店に買いに

行った記憶です。高い買い物だったので、家族で話し合いをしました。

by ひいチュン

 

LPレコードの時代には、中身を知らずとも、おもわず手に取って買ってしまうほど

素敵なジャケットのレコードに何度もめぐり会いました。まず外れはありませんでした。

20歳の頃、神保町を歩いていて臨時で開いていた一軒の中古のレコード店で、

見つけたのです、今も持っているこの一枚に。アリシア・デ・ラローチャの

ラヴェルのピアノ曲集です。僕はラヴェルをほとんど知らなかったし、ラローチャも

知りませんでした、それが素晴らしいレコードでした。ピアノも音質も曲たちも。

A面の1曲目が「道化師の朝の歌」です、これが素敵だった、毎日聞きました。

ラローチャは明快でリズム感が抜群なピアニストで、このあとは彼女のレコードを

幾枚も買いました。ああこのレコードのジャケットを描ければいいのだけれど、

僕にはそんな模写力はありません。

道化師は笑顔が顔に張り付いています、悲しみに沈むときも、笑顔です。

by ひいチュン

 

 

 

 

忘れられた散文詩人、ベルトランは毎夜酔っぱらって、パリの舗道を歩いた。

手には、望めばいくらでも水が湧き出てくる壺を持って、夜の石畳を濡らした。

知られることのない詩人はいま「夜のガスパール」を書きあげたところだ。

彼が亡くなって数十年後、ピアノの魔術師ラヴェルが、この散文詩をピアノ

独奏曲にした。「オンディーヌ・絞首台・スカルボ」音の洪水、暗く重い孤独。

僕は、サンソン・フランソワやミケランジェリで、少し音量を上げて聞きます。

by ひいチュン

 

庭に雀たちがよく来ます、家人がご飯粒を庭にまいてやるので、来てくれます。

縁側まで上がってきてガラス戸ごしに催促までします。可愛いです。

僕は時々庭に降りて、そっと人差し指をだします、止まってくれないかな、

と思うのですが、人間とは一線を引いているようで、まあそうだろうなと思います。

「おむすびころりん、雀のお宿」なんて話があるんだから、奈良、平安の昔から、

雀と人との関係は面白いんでしょうね。「仲良くしようよ、チュン」

by ひいチュン

 

今夜あたりは、こと座流星群が見られるのかと、いま外へ出てみたのですが、明るすぎます。

薄曇りのようで、あまけに街灯が明るいのです。東北東の空には、ベガもアルタイルも見えま

せん、江戸川の土手に行ってみようかなと思いましたが、ふと寂しくて、足が向きません。

まあいいや、明日という日がないじゃなし、ということで、今夜はおしまい。

by ひいチュン

いやあ美味しかった。中国語が飛び交うお店のなかで、メニュウに無い高菜チャーハン

を頼み、ピータントーフと、麻婆豆腐、牛蜂の子の炒め物を食べました。

いやあ美味かったです。で、今まだお腹がいっぱいです。安くて美味しい店は歓迎です。

by ひいチュン

家人から聞いていたK子さんに偶然お会いして気持ちが舞い上がってしまった。

なんだか、たわいもない話をいっぱいして、時間をとらせてしまった、久しぶりに女性に

会ったものだからイケナイ・イケナイ、恥ずかしいことでした。僕は寡黙な人間なのだった。

by ひいチュン

先日は、ひぃチュンのお誕生日でした。お祝いに、ジャズバンドのコンサートチケットをプレゼントしました。

 

今日、とても素敵な時計を贈ってもらいました。

 

私は、自分がサプライズをしたり、人に贈り物をするのは大好きなのですが、その逆をしてもらうとどうしたらよいのか分からなくなるのです。

決して嫌なのではなく、とても恐縮してしまうのです。お金を使わせてしまったなぁとか、私にそんなことをしなくてもいいのになぁとか。

 

それは思えば、物心つく頃からの感情の流れでありまして、身内であろうと例外ではありません。

一番近い表現は“緊張”でしょうか。

この緊張が強すぎて、嬉しいとか感謝とかが上手く相手に伝えられず、誤解を生んでしまうこともままあります。 今回も、暫く表情が固まりすぎて言葉が出てこず、焦ってしまいました。

 

贈った人からすれば、快活に「ありがとう!!」と笑った方が気分が良いに決まっていますよね。

どうしてこうなのか自分でも解らないけれど、不器用でごめんね。

でもそんな不器用さも、貴方なら解ってくれるような気がしています。

 

本当に、長く見ていても飽きない、綺麗な時計なのです。

 

ありがとう、大切にするね。

 

by さぁチュン

オリンピックのチケット販売がもうすぐ始まるらしい、さて僕は何が見たい

のかな。

 重量上げが好きです。重量上げは動き始めてからの瞬時の

間違いのない流れが勝負です、ぎりぎりまで振り絞った美しい背中に、

それを支える腰の入れよう、踏ん張る両足、振り上げた鍛えた両腕、

どうだと、くいしばった脳髄と顔面。美しい一瞬のバランスと集中力、

なんとシンプルなスポーツなのでしょう。男女共にすきですが、

その必死な感情がストレートに表われる女性の方が好きかな。

 柳田国男の著書に力女の話があったなあと、いま思い出しました。

by ひいチュン

私は右の眼で過去を見つづけてきて、左の眼で今を見ようとしている。

昔の事柄たちが今も私の内部では夢のように、現実だ。

地球の上の運転は難しい、規則はまるでゲームのようだ。

by ひいチュン

一人、催事の準備に明け暮れている私を、斜め見している、一羽の雀、ひいチュンが、一人哲学に勤しんでおりますことです。
ブログを楽しみにしてくださる方も少しはいるみたいですが、一人哲学ひいチュンはこのところの春めいている陽気のせいで、気分が浮いているのでしょう。

私は今週末の催事の合間を縫って、友禅の創作活動中です。
それにしても、今日は春、真っ盛りで布団が温かくなりました‼
皆様タワーホール船堀でお待ちしています。
売りきれ中のマーブルシュシュも催事には多分間に合うと思います。
価格は、¥1200~¥1500です。       by けいチュン

皆様、なぜこの亀田亀吉がウサギさんとの徒競走に勝てたのか、それはわが友、

ウサギさんが競技中にふと足を止め哲学をしたからであります。

カフカのたどり着かない事の不安の基礎について、また、ウィトゲンシュタインの

言語と沈黙についての語りえぬ事柄など、などなど、ドナドナドーナ。

ウサギさんは立派なのです。ぜひ来る大統領選挙には、与党も野党もすっ飛ばし、

ぜひぜひウサギさんをーーーー。

 選挙の季節になりました。ーーーうるさくてしょうがない。

by ひいチュン