エジプト旅行記🐪2日目

2日目―いきなりの大物、王家の谷へ向かいます。

 

と、道中に突如現れた2体の巨像。メムノンの巨像と呼ばれているアメンホテプ3世の像だそうです。元はアメンホテプ3世の葬祭殿の入口を守っていた像だったんだとか。

 

 

作った当初は一枚岩だったのに、この場所へ移動させる際にブロック状に切っちゃったんだと(*_*;扱いが雑!

 

それにしても空が美しすぎて、ついついカメラを構えてしまいたくなるエジプト。日本と同じ朝の月が、とろりとした色の青空にぽってり浮かんでおりました。 

 

 

 

 

そぉおしぃいてぇえーー。着いたぞ谷~!! こちらも抜けるような空の青さ!に、砂色のコントラスト。ただただもう美しい。

 

 

この場所がなぜ王家の谷なんて呼ばれるようになったのか―、それはこの谷の地形そのものがピラミッドに見えたため(※↑の三角の部分です)霊園&霊場として人気のパワースポットだったからだそうです。

なるほど、お墓が多かったから後付けで付けた名前じゃなかったのね。今も昔も、人は一等地を好むということですか。。。

 

さて、そんなわけでここ青山霊園には(違っ/笑)なんと64ものお墓が造られています。

しかも↓の模型で解るように、谷の地下はまるで蟻の巣状態。立派な建築技術を持っていたはずの人間が蟻の生態を模したような結果は、正直複雑でした。

 

 

金銀財宝が眠るお墓はそれはもう厳重なセキュリティが施されていましたが、それでもツタンカーメン王以外の墓は全て盗掘されてしまったとは、造る方も盗む方も我慢強いですね(´~`);

 

では内部に潜ってみましょう。

 

 

暴かれていてもこの豪華さ。装飾で噎せ返った玄室は、「一ヶ所でも無地の壁面があると怖いのっ?」と尋ねたくなるほどの異様な雰囲気でした。

でもガイドさんの説明を聴くと、あながち間違ってはいなかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一面に描かれているのは「太陽の書」「月の書」「死者の書」から引用した呪(まじな)いの言葉。

人は死んだら基本的に地獄に堕ちる、というのがエジプトの考え方。故に、その使者である蛇が壁面の至る所に描かれ、元王を引きずり堕とそうと狙っています。それから身を守るためには、耳なし芳一さながらに呪いの言葉で空間を埋め尽くす必要があったのです。

 

 

 

この中で、元王は色々な神に手助けしてもらいながら審判の門まで辿り着き、そこで生前の善行をこれでもかと訴えて、天国行きの切符を勝ち取ろうとします。

見事合格すると天国行きの船に乗れ、輪廻転生が約束されるという仕組み。

 

 

 この死生観、なんだか日本の仏教思想に通じるものがあるなぁと思いました。

 

 

 

 

私達は「エジプトと言えばピラミッド」を連想します。

でもそれ言い換えたら「エジプトといえばお墓」ですよね。

和訳するだけでこのショッパさ(苦笑)

 

しかもあらゆる宗教を信じる世界中の人々がお参りに来るお墓です。

よく考えたら、意味不明すぎる@@@

 

なぜエジプトと言えばピラミッドなのか。

それは偏に“残っている”から。

どれくらい前から?“紀元前27世紀半ば”くらいから。

 

⊂⌒~⊃。Д。)⊃ わ~お。そりゃ「エジプトと言えばお墓」だわ。

 

 

なぜ残っているのかの答えは簡単で、壊れないからです。 ―何が起こっても壊れないよう、頑丈に作られているから。

輪廻転生を信じるエジプトの王様にとって、1番大事なのは自分の魂を守る永久のお家。次に大事なのは神殿。どうでもいいのが生きている間に仮住まいしている感覚のお城。

そのため、藁のお城木の神殿コンクリートのピラミッドと、建造物ごとに岩の材質を変えているんだそう。

だから今のエジプトで残っているのは、ピラミッドと修復が多い神殿のみ。お城は住まなくなった時点でどんどん材料をはぎ取り、他の建物に使い回ししちゃうから、1つも残ってないんだって。面白いですねぇ~( ^ω^🌸

 

なーんて説明を受けながらお墓巡りをしていると、あっさり現れた『ツタンカーメン王の墓』!

 

 

一度も暴かれなかった玄室の内部は、それはもう本当に美しい壁画が残されていました。(撮影不可)

王のミイラにお眼にかかると、改めて「私の人生でツタンカーメン王のミイラを現地で見るなんてことが起こったんだなぁ」とじわじわきました。

 

 

しかしながらこの圧巻の景色。本当にあっぱれ―と同時に、いくつも疑問が生まれます。記憶のあるうちに( ・~・)φメモメモ。

 

Q.懐中電灯もない時代、真っ暗闇の中で職人達はどうやってこんな色鮮やかな装飾を施せたのか?こんな狭い所で松明付けたら酸素薄まって死ぬしww

A.地上から10m間隔で反射板(鏡)を持った労働者が立ち、太陽の光を地下まで届けたのさっ!

 

 

うそやん、まじでそんなことできんの???100m以上地下の、しかも入り組んだ内部の隅々にまでっ??

 

Q.この鮮やかな色は、どうして何千年も経った今も残っているの?

A.植物や鉱物から作り出した色を塗る前に、まず卵の黄身を漆喰として塗ると、色が定着するんだよ。

 

 

 

 すんごいなぁ。どうやってそれに気づいたの?? 

 

――いやまて。どんだけ卵使ったの(@A@)??

 

聞けば聞くほど規格外で、熱中症になりそうでした。 卵……ありえない数の命を犠牲に、1人の死者を守ったわけだね……。

 

因みに当時の職人達にも最高責任者という人がいたらしく、部下が赤色で描いた下書きをチェックして、必要なら黒の炭で訂正していたんだって。

なんかもう、、、人っていつから変わらず「人」なんだろうと(。-∀-)

 

 

帰り道、お土産店で実名をヒエログリフで掘ったカルトゥーシュを購入し、再び出航。

 

 

夜には6mの水位差があるエスナの水門をじりじりと時間をかけて通過し、(何せ水位を揃えねばなりません)アスワンを目指したところで2日目が終了~(`・ω・´)

 

 

 

by さぁチュン